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東京高等裁判所 昭和26年(う)3807号 判決

控訴人 被告人 戸辺政一 外二名

弁護人 福田力之助

検察官 横川陽五郎関与

主文

本件控訴はいづれもこれを棄却する。

理由

本件控訴の趣旨は末尾に添附した被告人等の弁護人福田力之助提出の控訴趣意書及び被告人等提出の各控訴趣意書記載のとおりであつて、これに対し当裁判所は次のとおり判断する。

(一)  弁護人福田力之助の控訴趣意第一点について

本件訴訟記録を精査するに原審第一回公判調書の記載によれば、検察官は在廷証人として鈴木敏正、日暮茂、浜本鶴吉、原誠之、清宮親三、丹羽七次、円城正嗣の各尋問の請求をなしたところ弁護人福田力之助が刑事訴訟法第二百九十九条の規定に違反するとの理由で異議を述べたにも拘らず、裁判官は右異議申立を却下して右証人全部を許可し尋問すると宣した上、直ちに証人鈴木敏正、同日暮茂、同浜本鶴吉及び同円城正嗣を尋問し、弁護人及び被告人等はいずれも右在廷証人に対しては反対尋問を拒絶したことが明らかである。而して刑事訴訟法第二百九十九条が証人の尋問を請求するについては、あらかじめ相手方に対しその氏名及びその住所を知る機会を与ゑなければならぬと規定した所以は、相手方においてその証拠調についての態度を決定し、反対尋問を準備し場合によつては反証を集取する等訴訟の発展に対処し得る合理的な時間を与ゑんとするにあるのであるから、検察官からの在廷証人の取調請求に対し弁護人から異議のあつた場合には右証拠調請求を却下せずして単に相当日時を隔てた他の期日にその証拠調をする旨の決定をなすべきものであつてかかる処置を採らずして右異議申立を却下して直ちに在廷証人の尋問をすることは明らかに右法条の目的とする趣旨を没却するものであつて違法たるを免れない。然しながら弁護人及び被告人等は右在廷証人の取調請求があつた場合には反証のない限りその氏名及び住所を知つたものと解すべきであるから、一度在廷証人として採用された者であつても都合によりその期日に尋問することがなくして次回期日に続行された場合においては相当日時を経過した次回期日において為されたこれらの証人の尋問の際においては、既に弁護人の側においてその証拠調に対する態度も決し、反対尋問の準備は勿論更に反証の集取をすることも可能な情況にあるものと考えられるからたとえ前回の公判期日における在廷証人尋問の証拠決定が違法であつても次回公判期日における証拠調の際においては刑事訴訟法第二百九十九条の規定の立法趣旨目的が事実上達成されていると認むべきである。従つて右証拠決定の違法は既にこの時において治癒されたものと考うべきである。本件訴訟記録によれば弁護人は昭和二十六年五月二十八日の第一回公判期日において前記在廷証人鈴木敏正、同日暮茂、同浜本鶴吉、同円城正嗣の尋問が終了した後採用になつている証人原誠之、同清宮親三、同丹羽七次の尋問は次回になされたい旨申立て、検察官の同意を得て裁判官は右申請を許可し、次いで同年六月十八日の第二回公判期日において証人原誠之、同清宮親三の尋問を施行し、弁護人が必要な反対尋問をなしていることが明らかである。従つてこれらの証人の尋問は前説示に照らし結局適法であると謂うべきであるからその証拠能力はこれを否定すべきものではない。

而して又前記第一回公判期日において在廷証人として尋問した証人鈴木敏正、同日暮茂、同浜本鶴吉、同円城正嗣の各証言についてはこれが第一回公判期日において法廷に顕出されたことは刑事訴訟法第二百九十六条の規定に直接該当するものとは考えられないし、又事件につき裁判官に予断を懐かしめるものとして同法条の趣旨に違反するものと解すべきものでもない。而して原判決は右在廷証人の各証言を証拠として援用していないからその違法は判決に影響を及ぼすべき訴訟手続の違背として原判決破棄の理由とはならないものと解するのが相当である。それゆえ論旨は理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 中村光三 判事 鈴木重光 判事 野本泰)

弁護人福田力之助の控訴趣意

第一点原審第一回公判調書に依れば検察官は在廷の証人として、鈴木敏正、日暮茂、浜本鶴吉、原誠之、清宮親三、丹羽七次、円城正嗣を申請した。弁護人は被告人が勾留中であり且第一回公判に於て在廷証人として公訴事実全部に亙る証人を申請するが如きは刑事訴訟法第二百九十九条に違反する旨の異議を申立てたに拘らず裁判官は此の異議を却下し検察官申請の在廷証人全部を許可した。弁護人は此の異議却下及在廷証人の許可は違法と確信する。而も右在廷証人許可について刑事訴訟法第三百四条の手続を経ずして先ず検察官をして証人尋問を為さしめたのである。尤も当時尋問した証人は証人日暮茂、同浜本鶴吉、同円城正嗣に限られその他は第二回公判廷に於て尋問し、且証人日暮茂、同浜本鶴吉、同円城正嗣の証言が判決に引用されず第二回公判以後に尋問した証人原誠之、同清宮親三のみが引用されていることは明かである。併し乍ら此の訴訟手続の違法は左の理由に依り判決に影響を及ぼすこと明白であるから原判決の破毀を求める。即ち、(一)第一回公判に於ける証人を尋問する旨の決定が違法であれば、此の決定に依る証人尋問は全部違法である。従つて判決に引用せられた証人原誠之、同清宮親三についても之を証拠として採用することは出来ない。刑事訴訟法第二百九十九条に違反し弁護人の異議を却下して証人の尋問を決定した以上、その証人尋問が第二回公判に続行されたとしても之によつて違法な決定が適法に変る筈はない。(二)或は違法な手続により証拠調が行はれても之を判決に証拠標目として引用しなければ判決に影響を及ぼさないとの考えがあるかも知れない。併し乍ら証拠調はその結果を判決に引用すると否とに拘らず裁判官の所謂心証をつくるものである。本件の如く第一回公判廷に於て弁護人及被告人に対して反対尋問の用意を全然うばい且現実に反対尋問を不能にして検察官のみに証人尋問を為させ、裁判官をして予断を抱かせた事は全く検察官に対する刑事訴訟法第二百九十六条但書の禁止条項と同一の結果を来すものであつてこの違法は原判決に影響を及ぼすこと明かである。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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